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大阪地方裁判所 昭和43年(行ウ)750号 判決

大阪市生野区生野西四丁目一三ノ一七

原告

福森正子

右訴訟代理人弁護士

山田一夫

細見茂

金谷康夫

川西渥子

大阪市生野区勝山北五丁目二二番一四号

被告

生野税務署長

安藤敏郎

大阪市東区大手前之町一

被告

大阪国税局長

山内宏

東京都千代田区霞ヶ関一丁目一番地

被告

右代表者法務大臣

稲葉修

右三名訴訟代理人弁護士

川村俊雄

右三名指定代理人

河原和郎

秋本靖

福島三郎

筒井英夫

河本省三

主文

一、被告生野税務署長が昭和四一年六月三〇日付でした、原告の昭和四〇年分所得税につき、総所得金額を六七二、一九七円とする更正処分のうち、六六九、三五二円を超える部分を取消す。

二、原告の被告生野税務署長に対するその余の請求、ならびに被告大阪国税局長および被告国に対する請求をいずれも棄却する。

三、訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

1. 被告署長が昭和四一年六月三〇日付でした、原告の昭和四〇年分所得税につき、総所得金額を六七二、一九七円とする更正処分のうち、二六〇、〇〇〇円を超える部分を取消す。

2. 被告局長が昭和四三年四月二六日付でした原告の本件更正処分に対する審査請求を棄却する旨の裁決を取消す。

3. 被告国は、原告に対し五〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四三年七月二六日から完済まで年五分の金員を支払え。

4. 訴訟費用は被告らの負担とする。

二、被告ら

1. 原告の請求をいずれも棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 原告は、喫茶店を営んでいる者であるが、昭和四〇年分所得税につき、被告署長に対し、白色申告により、総所得金額を二六〇、〇〇〇円とする確定申告をしたところ、被告署長は、昭和四一年六月三〇日付で、右総所得金額を六七二、一九七円とする更正処分をした。原告はこれを不服として被告署長に異議申立をしたが棄却されたので、昭和四一年一〇月二〇日、被告局長に対し審査請求をしたところ、被告局長は昭和四三年四月二六日付でこれを棄却する旨の裁決をした。

2. 本件更正処分には次のような違法があるから、確定申告額を超える部分についての取消を求める。

(一)  原告の総所得金額は、確定申告のとおりであるから、本件更正処分は原告の所得を過大に認定した違法がある。

(二)  本件更正処分には次のような手続上の違法がある。

(1) 本件更正処分通知書には理由の記載を欠く違法がある。

(2) 本件更正処分は、原告の生活と営業を不当に妨害するような方法による調査に基づくものであり、かつ原告が民主商工会員である故をもつて他の納税者と差別し、民主商工会の弱体化を企図してなされたものであるから違法である。

3. 本件裁決には、次のような違法があるからその取消を求める。

本件裁決は、原告の要求にかかわらず、原処分庁に弁明書の提出を求めず、さらに原告が原処分の理由となつた事実を証する書類の閲覧を請求したのを実質的に拒否したうえなされたものであつて、この点においても手続上の違法がある。

4. 被告局長は、原告の本件審査請求に対し、速やかに裁決をすべきであり、又それができたのに故意にこれを遅延させ、一年六か月も放置して、原告の速やかに行政救済を受ける権利を違法に侵害した。又この間被告署長は違法な本件更正処分に基づき、原告のクーラーを差押えて長期間にわたりその利用を困難ならしめた。原告はこれらにより有形無形の損害を被つたが、これを慰謝する金額としては少くとも五〇、〇〇〇円をもつて相当とする。よつて原告は国家賠償法一条による損害賠償請求権に基づき、被告国に対し、五〇、〇〇〇円およびこれに対する被告局長および被告署長の原告に対する不法行為の日以降である昭和四三年七月二六日から完済まで、民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する被告らの答弁

請求原因1の事実を認め、同2、3、4の各主張を争う。ただし、同3につき、被告局長が原処分庁に弁明書の提出を求めなかつたことを認める。又、被告局長は、原告の書類閲覧請求に対し、昭和四〇年分所得税の更正処分および過少申告加算税の賦課決定決議書、ならびに同年分所得税の異議申立決定決議書の閲覧を許可している。

三、被告署長の主張

1  原告は、その事業に関する帳簿書類を備付けておらず、領収書や請求書等の原始記録の保存もなかつた。そこで被告署長は、その部下職員が、昭和四一年六月一三日、原告と面接し、その事業に関する事情を聴取した結果、および同月一七日原告から提出された右所得に関する計算書の内容を検討したうえ、その所得金額を計算したところ、原告の申告額が過少であることが判明したので、本件更正処分をしたのである。

2  原告の昭和四〇年分総所得金額は、別表A欄のとおり一、二六一、一五四円であるから、この範囲内でなされた本件更正処分に違法はない。以下明細の必要部分を説明する。

(一) 収入金額について

(1) コーヒーの売上による収入金額(別表A欄〈1〉、a)を次のとおり推計によつて算出した。

(イ) 推計に必要な数値

a コーヒー一杯につき必要なコーヒー豆の量=一〇g

b 売価、一杯につき=温冷用七〇円、モカ一〇〇円、BM(ブルーマウンテン)一二〇円

c 仕入高=温冷用三一一kg、モカ一、五kg、BM〇、二五kg

(ロ) 算式

a 温冷用 二、一七七、〇〇〇円

〈省略〉

31,100杯×70円=2,177,000円

b モカ 一五、〇〇〇円

〈省略〉

150杯×100円=15,000円

c ブルーマウンテン 三、〇〇〇円

〈省略〉

25杯×120円=3,000円

d 以上合計 二、一九五、〇〇〇円

(2) コーヒー、紅茶、ココア以外の売上による収入金額

(別表A欄〈1〉d)について。

コーヒー、紅茶、ココアの売上による収入金額合計二、三八三、四〇〇円は、総収入金額の六〇%を占めるからそれ以外の売上による収入金額は、次の算式のとおり、一、五八八、九三三円となる。

算式 〈省略〉

(二) 一般経費控除後の所得金額(別表A欄〈3〉)について。

右金額は、収入金額に同業者の平均所得率四四、二六%を乗じて算出した。

算式 3,972,333円×0.4426=1,758,154円

(三) 雇人費(別表A欄〈2〉a)について。

(1) 原告の常雇人は、小林美子、田中美子の二名であり、同人らの給料はいずれも月額一三、〇〇〇円であつたからその年間合計額は三一二、〇〇〇円となる。

算式 13,000円×12月×2人=312,000円

(2) 又、原告は平山真砂子を学生アルバイトとして、昭和四〇年中冬休み、春休みの、夏休みの期間中約一三〇日間雇用しており、同人に払つた給与は日給五〇〇円で、合計六五、〇〇〇円である。

算式 500円×130日=65,000円

(3) 以上を合計すると三七七、〇〇〇円となる。

四、被告署長の主張に対する原告の答弁

被告署長主張の総所得金額の明細についての認否は、別表B欄のとおりである。

1  コーヒーの売上による収入金額について。

被告署長の主張2(一)、(1)、(イ)、b、cを認める。

原告はコーヒー一杯につき、コーヒー豆一五g使用していたから、これを基礎として推計すべきである。

2  雇人費について

被告署長の主張2、(三)中常雇人が二名いたこと、その給料が月額一三、〇〇〇円であつたこと、アルバイトが一名いたことを認める。

原告は右三名に、夏と冬にボーナスとして給料の一か月分づつを支給していた。

第三、証拠

一、原告

1  甲第一号証の一、二、第二号証を提出。

2  証人和泉節夫の証言および原告本人尋問の結果を援用。

3  乙第二ないし第四号証は不知、その余の乙号各証を認める。

二、被告

1  次の乙号各証を提出した。

(一) 乙第一ないし第四号証、第五一号証

(二) 乙第五号証の一ないし六、第六号証の一、二、第七号証の一ないし三、第八号証の一ないし七、第九号証の一ないし、四、第一〇、第一一号証の各一、二第一二ないし第一四号証の各一、二、第一五号証の一ないし三、第一六、第一七号証の各一、二、第一八号証の一ないし三、第一九号証の一ないし四、第二〇、第二一号証の各一、二、第二二号証の一ないし三、第二三号証の一ないし四、第二四号証の一、二、第二五ないし第五〇号証。

2  証人笠松泰の証言を援用。

3  甲第二号証の成立を認め、その余の甲号証は不知。

理由

一、請求原因1の事実(原告の営業と本件更正処分および裁決の存在)は当事者間に争いがない。

二、本件更正処分の適否について

1  原告の昭和四〇年分総所得金額

(一)  収入金額について

(1) コーヒーの売上による収入金額について。

本件においては、これを実額で明らかにしうる資料がないから、推計によつて算定するほかはない。

(イ) 推計に必要な数値

a 被告署長の主張2、(一)、(1)、(イ)、b、cは当事者間に争いがない。

b コーヒー一杯につき必要なコーヒー豆の量

成立に争いのない甲第二号証および原告本人尋問の結果とこれにより真正に成立したと認められる甲第一号証の一を総合すると、原告は昭和四〇年当時、営業用のコーヒー一杯につきコーヒー豆一五gを使用していたことが認められる。被告署長の主張の使用量に副う乙第二号証、第五一号証の記載内容は、本件の場合右各証拠と対比して採用できない。

(ロ) 右(イ)の各数値を基礎にすると、コーヒー売上による収入金額は次のとおり合計一、四六三、二三〇円と推計される。

a 温冷用 一、四五一、三一〇円

〈省略〉

20,733杯×70円=1,451,310円

b モカ 一〇、〇〇〇円

〈省略〉

100杯×100円=10,000円

c BM 一、九二〇円

〈省略〉

16杯×120円=1,920円

d 以上合計 一、四六三、二三〇円

(2) 紅茶、ココアの売上による収入金額について。

別表A欄〈1〉、b、cの各金額は、当事者間に争いがない。

(3) コーヒー、紅茶、ココア以外の売上による収入金額について。

本件においては、これを実額で明らかにしうる資料がないから、推計によつて算定するほかはない。

証人笠松泰の証言とこれにより真正に成立したと認められる乙第三号証および原告本人尋問の結果を総合すると、コーヒー、紅茶、ココアの売上による収入金額は、総収入金額の六〇%を占めることが認められる。

コーヒー、紅茶、ココアの売上による収入金額は、右(1)、(2)によれば合計一、六五一、六三〇円となるから、それ以外の売上による収入金額は次の算式のとおり一、一〇一、〇八六円となる。

算式 〈省略〉

なお証人和泉節夫の証言によれば、成立に争いのない乙第一号証は、生野民主商工会の職員が調査作成した原告の昭和四〇年分の総所得金額に関する計算書である。そして、同計算書では、コーヒー、紅茶、ココア以外の売上による収入として、ミツクスジユース、牛乳、食パン、ケーキの売上による収入を原価率をもつて推計し、その結果を合計八六五、八〇〇円として計上しているが、同証言および同計算書によれば、ミツクスジユースの売上を材料費より原価率をもつて推計するに当り、その材料である青果物(ミカン、リンゴ、バナナ)、氷等を材料費の中に考慮していないことが明らかであり、(材料費として考慮しているのは缶詰のみ)そのため売上が過少に評価される結果となつている。又証人笠松泰の証言および原告本人尋問の結果によれば、原告は当時そのほかに、コーラ、ソーダー水、クリーム類、レモンスカツシユ等を売つていたことが明らかであるにもかかわらず、この分の売上は右計算書に計上されていない。したがつて、コーヒー、紅茶、ココア以外の売上による収入金額を算定するに当つて、右計算書の記載を採用することはできない。

(二)  一般経費控除後の所得金額について

本件においては、一般経費を実額で明らかにしうる資料はないから、一般経費控除後の所得金額は推計によつて算定するほかはない。

ところで、公文書であるから真正に成立したと認められる乙第四号証、およびいずれも成立に争いのない、事実摘示第三、二、1、(二)の乙号各証を総合すると、大阪国税局長において大阪国税局管内全税務署八三署のうち、大蔵省組織規定上種別「A」とされている税務署四六署管内の喫茶店業者の昭和四〇年分所得内容の実額調査を行なつた事例(青色申告者については実地調査、白色申告者については収支実額調査を行なつたもののうち、年の中途で開業したもの、他の業種に属する事業を兼業しているもので、兼業と本業の喫茶店とを区分計算できないものなど特殊事情を有する納税者を除外し、その余の全部を収集したもの)について所得率を収集した結果から平均所得率を算出すると四四・二六%となることが認められる。そしてこの平均所得率は右資料収集の方法に鑑みると、多数の喫茶店の地域、営業規模の多様性等の個別的特性は、包摂され平均化されているとみることができるから、原告の一般経費控除後の所得金額は、右平均所得率をもつて推計するのが相当であり、その結果は次のとおり一、二一八、三五二円となる。

算式

収入金額 平均所得率

2,752,716円×0.4426=1,218,352

(三) 特別経費について

(1)  雇人費 13,000×14月×2人=364,000円

(イ) 常雇人に対する雇人費

原告方に常雇人が二名いたこと、その給料が月額一三、〇〇〇円であつたことは当事者間に争いがない。そして、原告本人尋問の結果によれば、原告は、右両名に、夏と冬にボーナスとして給料の一か月分づつを支給していたことが認められる。そうすると常雇人に対する雇人費は次のとおり合計三六四、〇〇〇円となる。

算式

(ロ) アルバイトに対する雇人費

原告がアルバイト一名を雇つたことは当事者間に争いがなく、その雇用期間が一三〇日であり、日給が五〇〇円であつたことにつき原告は明らかに争わない。原告はこれに対してもボーナスを支給したと主張するが、この主張に副う前掲乙第一号証の記載内容および証人和泉節夫の証言は、原告本人尋問の結果に照して信用できない。そうするとアルバイトに対する雇人費は被告署長主張のとおり合計六五、〇〇〇円となる。

(ハ) 以上を合計すると雇人費は四二九、〇〇〇円となる。

(2)  家賃

別表A欄〈3〉bの金額は当事者間に争いがない。

(四) 以上によれば、原告の昭和四〇年分総所得金額は、別表c欄のとおり、六六九、三五二円となり、本件更正処分は、右金額を超える部分につき、原告の所得を過大に認定した違法がある。

2  手続的違法の主張について、

原告は本件更正通知書に理由の記載を欠く違法があると主張する。しかし、原告が白色申告者であることは当事者間に争いがなく、白色申告者に対しては更正の理由付記は法律上要求されていないから、本件更正通知書に理由の記載がないことは何ら違法事由とはならない。

請求原因2、(二)、(2)の調査方法の違法および他事考慮の主張については、これを認めるに足りる証拠がない。

したがつて、手続的違法の主張はいずれも採用できない。

三、本件裁決の適否について、

被告局長が原処分庁たる被告署長に対し弁明書の提出を求めなかつたことは、被告局長の自認するところである。しかし、審査手続に関して現行の国税通則法九三条のような規定のなかつた本件裁決当時においては、審査庁が処分庁に対し行政不服審査法二二条により弁明書の提出を求めるか否かは、審査庁の裁量に委ねられていたと解すべきことは、同条の文理上明らかであり、本件において被告局長が弁明書の提出を求めなかつたことが、裁量権の範囲の逸脱ないし裁量権の濫用であると認むべき何らの事由もない。

又、弁論の全趣旨によれば、被告局長は、原告から処分の理由となつた事実を証する書類の閲覧請求があつたのに対し、本件更正処分および加算税の賦課決定決議書、本件異議申立決定決議書の閲覧を許可したことが認められるが、本件では、これ以外の書類が、原処分庁から被告局長に提出されていたことを認めるべき資料もなく、被告局長において、原処分庁に不提出書類の提出を要求して原告に閲覧させる義務もない。

したがつて、本件裁決には何らの違法がない。

四、被告国に対する国家賠償請求について。

前示のとおり、原告が、昭和四一年一〇月二〇日、審査請求をしたのに対し、被告局長が昭和四三年四月二六日、本件裁決をしたことは当事者間に争いがない。この事実によれば審査請求から裁決までの期間は約一年六か月であるが、同被告が、同種事案を大量的に処理しなければならないことを考慮すると、この程度の遅延をもつて、直ちに原告の速やかに行政救済を受ける権利が侵害されたとはいい難い。又本件更正処分が前示のとおり全体として違法とはいえないことが明らかな以上、被告署長によるクーラーの差押(当事者間に争いがない)も違法ということができないから、原告の右請求は理由がないというほかはない。

五、以上説示したところによれば、原告の被告署長に対する請求は、総所得金額六六九、三五二円を超える部分の取消を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の部分、ならびに被告局長および被告国に対する請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九二条但書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下出義明 裁判官 藤井正雄 裁判官石井彦寿は転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 下出義明)

別表

〈省略〉

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